エンドロールはまだ早い 04

一日の仕事を終えてアイスキャッセルはせつの外に出ると冷たく乾いた風が鋭く肌を刺した。吐いた息がたちまち白く凍える。季節は冬。空気は澄みきって透徹した夜空に無数の星が散っている。星の光は誰も寄せつけない無慈悲さと残酷さをはらんでいる気がした。なんとなく。
「あー……さむ。早く温泉入りたい」
寒い寒いとぶつぶつ言いながら勇利は歩く。嬉しいことに明日は休みだ。温泉に入って夕食を済ませたら部屋に引きこもってゲームをしよう。物語は終盤に差しかかっている。頑張れば朝までにクリアできるかもしれない。
「スケオタ三姉妹にまた馬鹿にされちゃうなあ」
一日中家でゲームとかださーい、くらーい、枯れてるー!
休み明けに彼女たちから投げつけられるであろう台詞を想像し勇利は小さく笑った。
二十四歳の身空で現役から足を洗った勇利は現在スケート教室の講師を務めている。
勇利が教えるスケート教室はなかなか盛況で、週に四日通ってきている西郡家の三つ子は将来のメダリスト候補だとまことしやかにささやかれている。実際ノービスの大会では彼女たちが表彰台を独占し、マスコミの取材を受けている場面を勇利はしばしば見かけていた。
彼女たちの才能は本物だ。未だ小さなつぼみが花を咲かす日が来るのを勇利は楽しみにしている。
勝負の世界からしりぞいて三年。友人であるピチットは別として現役時代に交流のあった選手とはほとんど連絡を取っていない。引退直後、ユーリがしつこくメールをよこしてきた時期もあったが勇利が頑なに返信しないでいると彼からのメールはある日を境にぱたりと途絶えた。薄情だとは思わなかった。自分は愛想を尽かされても仕方がない行いをしていると勇利は痛いほどに自覚していた。ヴィクトルとは言わずもがなだ。
ラスベガスで唇を重ねて別れたあの夜以降、彼とは一度も会っていない。
こんな寒い冬の日には必ずといっていいほど、ヴィクトルのことを思い出す。日本よりもよほど冬の寒さが厳しいサンクトペテルブルクで彼は今も自分を待ち続けているのだろうか。
(そんなの不毛だって誰かが言ってくれればいいのに)
時間の無駄だ。いい加減目を覚ませ。勝生勇利とお前の道はもう二度と交わらないのだと。誰かに現実を突きつけられて、ほかの人と幸せになってくれればいい。彼がそうしてくれたなら、勇利の心にも平穏が戻ってくる。
振付師に転向したヴィクトルは表舞台から姿を消したが彼の動向はインスタグラムを追っていればすぐに知れる。引く手あまただろうにヴィクトルは異性からのアプローチをことごとく蹴散らしているらしく、独身貴族生活を思う存分満喫している。
ヴィクトルが目に入れても痛くないほどマッカチンを溺愛しているのは有名な話で、最近では彼のソルヌゥイシコはペットの犬だから人間の女性には興味が湧かないらしいと冗談交じりにいう人も増えてきている。
そういう発言を目にする度に勇利はわけのわからない衝動に襲われて息ができなくなる。
違うんだ、ヴィクトルはとっくのとうに特別を見つけてるんだ。だけど彼の特別は彼を選べなかったんだ。ヴィクトルから愛する人との幸福を取り上げたのはこの僕なんだ――!
真実を知っているからこその罪悪感は時折嵐となって勇利をいたぶる。そうなると勇利は身動きできなくなって、嵐が過ぎ去るまで歯を食いしばって耐え忍ぶことしかできない。
(僕がさっさと結婚してしまえば……)
素敵な女性を見つけて家庭を築き子供をもうけてしまえば、さすがのヴィクトルも諦めるだろうか。いいや、彼がそういう人間ではないことを勇利はよく知っている。ヴィクトルは自分の気持ちを裏切るような真似は決してしない。勇利とは違って。
勇利が結婚すればヴィクトルは生涯独身を貫くだろう。今よりももっと深い孤独の中に勇利は彼を置き去りにするのだ。それが恐ろしくて勇利はあの日から一歩も前に踏み出せないでいる。同じ場所で停滞し続ける勇利に周囲の人間は何かを察したのか、彼の前でヴィクトルの名前を出さなくなった。
優しい人たちに甘えていつまでも逃げ続けている自分は本当に情けない人間だ。今更どうしようもないけれど。
(いつか時間が解決してくれるさ)
時が何もかもをうやむやにしてくれる。この胸の痛みも少しずつ消えていく。そう信じて日々を過ごしている内にもう三年もの月日が流れてしまった。
「………あー、クソ」
冬は気分が塞ぎがちになるからいけない。これが冬季うつというものだろうか。勇利はたまらなくなって走り出した。
五分もしない内にゆ〜とぴあかつきの慣れ親しんだ佇まいが見えてくる。門を潜ろうとして勇利はふと足を止めた。
「あれ……?」
まだ営業時間内だというのに門の照明が落ちている。門から中をのぞき込むと正面玄関のほうは明るかった。戸にはめ込まれた磨り硝子から温かみのある橙色の光がこぼれている。勇利は首を傾げた。
(停電、は、違うよな)
だとしたら街灯の明かりも何もかも消えているはずだ。電球の寿命が尽きたのだろうか。いやいやと勇利は首を振る。いくつもの電球が一斉に球切れになるなんてどう考えても不自然すぎる。勇利は何かに導かれるように正面玄関へと歩を進めた。
「ただいまー。あ、姉ちゃん」
力をこめて立て付けの悪い引き戸を開けると姉の真利と出くわした。真利はいつもの気だるげな表情で勇利を見下ろしている。「ただいま」勇利が言うと真利は壁にもたれかかったまま、ひらりと手を振った。
「お帰り。早かったじゃん」
「走って帰ってきたから。それよりさ、」
「うん?」
「なんか、やけに静かだよね、今日」
足音も人の気配もまったくしない。駐車場に停まっている車が一台もなかったし、廊下をうろつく客の姿も見えない。この時間帯ならめし処はそこそこにぎわっているはずなのに、今日に限ってしんと静まり返っている。勇利はにわかに不安になった。
「まさかお父さんとお母さんに何かあったんじゃ……っ!」
「違う違う」
「あ、そう」
とりあえずは一安心。だがまだ油断はできない。
「今日は早めに店仕舞いしただけだから」
「なんで?」
「さあ、知らない。でも、なんかやばいかもね」
「やばい? やばいって何が?」
「なんかが。とにかく着替えてきな。私たち居間にいるから」
「ええー……」
人の不安を煽るだけ煽っておいてこの言いぐさである。勇利は姉に文句を言おうとして、やめた。口喧嘩を挑んだところで自分が負けを見るだけだ。無駄な体力を消耗したくはない。勇利は促されるまま二階にある自分の部屋を目指した。階段を上がっている途中で振り返る。
「真利姉ちゃん、なんであんなところにいたんだろう?」
もしかして彼女はずっとあの冷えきっている玄関で勇利の帰りを待っていたのだろうか。そんな殊勝な一面が姉にあるだなんて勇利にはとても信じられなかった。
真利の不可解な態度がより一層勇利の不安を掻き立てる。勇利は部屋でジャージに着替えると急ぎ足で居間に向かった。ふすまを開け放った瞬間、鼻をついた異臭に思わず顔をしかめる。
「もー、マニキュアは自分の部屋でやってって言ってるのに」
「マニキュアじゃなくてペディキュア」
「どっちでもいいよそんなの」
真利は勇利の文句をきれいに聞き流し足の爪にせっせと刷毛を滑らせている。勇利は大きく嘆息した。視界の隅で繕いものをしていた寛子が立ち上がる。
「お帰り、勇利。ご飯すぐに食べるとやろ?」
「あ、うん、食べる。あとただいま。……お父さんは?」
「厨房の片付けしとるんよ」
いそいそと居間から出ていった寛子は両手に盆を携えてすぐに戻ってきた。盆の上には勇利の茶碗とサバの味噌煮、豚汁にきんぴらごぼうが用意されている。目の前に並べられた食事に勇利は目を輝かせた。調理師免許を持っているだけあって寛子の料理の腕は確かだ。初めて作る料理でもきちんと美味しく仕上げてしまえる才能が母にはある。勇利は口元をほころばせながら手を合わせた。
「いただきます」
豚汁を口に含む。湯気を立てている豚汁を一口飲んだだけで胃が燃えるように熱くなった。そこからじわじわと全身に熱が伝播していき、寒さで硬直しきった筋肉がゆるんでいく。勇利はほうと息をついた。そんな勇利を寛子はにこにこ見つめている。
(姉ちゃんがやばいとか言うから心配したけど)
寛子の態度はいたって普通だ。何かを気負っている様子はどこにもない。今日に限って早々に店仕舞いをしたのは単なる父の気紛れかもしれない。取り越し苦労もいいところだ。真利姉ちゃんも人騒がせなんだからさ、まったく。勇利はそんな呑気なことを考えた。
厨房の片付けを終えた利也が居間にやってきたのは、勇利が食事を平らげるのとほぼ同時だった。
「おお、勇利。もう帰ってきとったんか」
勇利に目を留めた利也はしわだらけの顔を更にくしゃくしゃにして笑う。笑うと眼鏡の奥の目が細くなるところはお父さんにそっくりだと勇利は周囲の人たちからよく言われる。
利也の穏やかな物腰も普段と何も変わらない。真利が感じ取った「やばい」雰囲気を勇利は察することができなかった。自分と真利とでは感受性の豊かさに天と地ほどの差がある。女の勘の恐ろしさを未だ知らない勇利は自分の感覚を過信していた。そしてそのことをすぐに思い知らされる羽目になった。
「お腹いっぱいになったし、温泉入ってくる」
「ちょっと待ちんしゃい、勇利。真利も。二人に話があるんよ」
はち切れそうな腹を撫でながら立ち上がろうとした勇利を利也が引き止める。利也はにこにこと柔和な笑みを浮かべている。しかし彼の笑みには隠しきれない疲労感が滲んでいた。あるいは郷愁と言い換えてもいいかもしれない。過ぎ去った時を惜しむかのような憂いのある笑顔に勇利は驚いた。
「話って……何?」
膝を揃えて座り、背筋をぴんと伸ばす。真利が畳を這ってきて勇利の隣に並んだ。寛子が利也の隣にそっと腰を下ろす。
勝生家の父母と姉弟はしばし無言のまま見つめ合った。利也がゆっくりと口を開く。
「いきなりな話なんやけども、今年いっぱいでうちの温泉は終わりや。お母さんとぎょうさん話し合ってそがん決めたばい」
「……………はい?」
意味が、よく、わからなかった。勇利は目を白黒させる。真利がわずかに首を傾げた。
「終わりって、廃業するってこと?」
「真利の言う通りよ」
「なんで?」
混乱のあまり何も言えないでいる勇利とは対照的に真利はずばずばと真相に切り込んでいく。家族全員がまったく馴染みのない異国の言葉を話しているようだった。言葉は理解できるのに内容が頭に入ってこない。
「うちの温泉、枯れ始めとるの。ちゃんと調査してもらって今日結果が出たんよ」
あっけらかんと寛子が言うがそんな話は初耳だ。勇利は何も聞かされていなかった。真利も勇利と似たような立場のはずなのに、彼女はどこか落ち着き払った様子で淡々と問いを重ねていく。
「だったら銭湯にすればいいじゃん。何も廃業することないでしょ」
真利に肘で小突かれ、勇利ははっと我に返った。
「そ、そうだよ。改築費用くらいなら僕が負担するし」
少し手を入れれば廃業なんてしなくとも今までと同じように営業できるはずだ。勇利は必死に訴えたが父も母も困ったように微笑むだけだった。
「勇利」
なだめるように名前を呼ばれる。勇利は首を横に振った。
「勇利」
「だって、そんな、廃業って。じゃあ、これからお父さんとお母さんはどうするつもりなん?」
「隠居生活ば楽しむに決まっとるやろ」
そんなのはあまりにも勝手すぎる。勇利はずっと忙しく立ち働く両親の背中を見て育ってきた。彼らは忙しさを理由に子育てに手を抜いたりしなかった。いつだって自分のやりたいことをやらせてくれた。温かく見守ってくれた。応援してくれた。両親は勇利にとって誇りだった。だからこそ、勇利はヴィクトルではなく両親のそばにいることを選んだのだ。彼らを失望させたくなかった。
それなのに。嗚呼、それなのに。もう十分だと両親の顔が語っている。自分たちはもう十分満ち足りているから。長い人生を謳歌してきたから。たくさんのものを与えてもらったから。お前たちも好きなように生きなさいと優しげな目が雄弁に語りかけてくる。
「優子ちゃんがね、教えてくれたんよ。あんたはヴィっちゃんがおらんようになってから、一度も自分のために滑っとらんて。あんなにスケートが大好きだった勇利君やのに、今はスケートが嫌いなように見えるって」
「………嫌いじゃ、ない」
嫌いになれるわけがない。嫌いだったらスケート教室の講師になんかならない。勇利は滑らなくなったのではない。滑れなくなってしまったのだ。ヴィクトルを拒んだあの日から。
ヴィクトルこそが全ての始まりだった。子供の頃はスケーティングが上達するにつれて彼との距離が縮まるような気がしていた。だから練習も楽しかった。体が悲鳴をあげても心はもっとと叫んでいた。今は滑る意味がわからなくなってしまった。ただ辛いだけだ。滑ると心がばらばらに砕け散りそうになる。
「勇利。無理して長谷津におらんでもよかよ」
利也の言葉に勇利は息を呑む。
「ちょっとの間でも勇利がそばにおってくれてお父さんもお母さんも嬉しかったばい。だから、もうええ。勇利は勇利の行きたいところに行きんしゃい」
勇利は唇を引き結んだ。鼻の奥がツンと熱くなって視界がにじむ。父親にここまで言わせるなんて自分はとんだ親不孝者だ。いつも甘やかされてばかりで、どうしようもなく不出来な息子だ。
選んだつもりだった。それでも未練を断ち切れず、勇利は出口のない迷路に入り込んでしまった。きっとここが分かれ目だ。
「自分がどうしたいのか、ちゃんと考えてみる」
嗚咽混じりに勇利が言うと利也と寛子は顔を見合わせて――心底嬉しそうに笑った。
(ああ、そっか)
両親のために勇利ができることはもう何ひとつないのだとようやく腑に落ちた。彼らは自分が何もしなくても幸せなまま人生の最期を迎えるのだろうし、逆に自分が何をしても彼らの幸せは揺るがないのだ。彼らは足を止めてしまった勇利を前に進ませようとしている。それこそが親から子に与えられる最後の祝福だと信じている。
「疲れたから部屋に戻るね」
勇利はぽろぽろと涙をこぼしながら居間をあとにした。一段一段、足の裏の感触を確かめながら階段を上がっていく。自分の部屋に辿り着き、勇利はベッドに倒れ込んだ。
冷たいベッドに寝転がって、色々なことを考えた。初めてバレエの発表会に出た日のこと。初めてスケート靴を履いた日のこと。ヴィクトルのスケートをテレビで見た日のこと。初恋が実らなかったこと。グランプリファイナルで惨敗したこと。ロシアンヤンキーに思いきり罵倒されたこと。ヴィクトルが日本に来てくれたこと。一年間生活を共にして、彼から学んだたくさんのこと。グランプリファイナルで優勝したこと。ヴィクトルに愛していると言われたこと。
これまでに起きた様々な出来事が頭に浮かんでは消えていった。その夜、勇利はちっとも眠れなかった。


目が覚めたら体が小さく縮んでいた! なんてことはなく。田舎に住む女子高生と体が入れ替わっていたなんて現象もありうべからざることで。地球はいつも通りに回転し、海から怪獣は現れず、極々普通に朝は誰にでも平等に訪れるのだ。
東の空がうっすらと白んでくる頃、毛布をかぶり小さく丸まっていた勇利は布の海からちょこんと首を出した。
息をする度に凍てついた空気が肺を刺す。久しぶりに大泣きしたからか頭が鈍く痛んだ。
「………みず」
声ががらがらだ。喉を痛めるように泣いたのだから当たり前なのだけれども。勇利はのろのろとベッドから這い出した。冷え冷えとした床に足をつけて身震いする。ぶえっくしょん! ぶえっくしょん! と連続でくしゃみが出た。
部屋を出て階段に足をかける。一段一段降りていくごとにどんどん気温が下がっていく。この寒さは異常だ。勘弁してほしい。いらだたしく思っていると不意に鳥のさえずりが耳に飛び込んできた。ピチチチと聞こえるあれはスズメの鳴き声だ。
首を回すとまだ薄暗い空が視界に入ってきた。縁側の雨戸が半分だけ開け放たれている。やけに寒いのは外から風が吹き込んでいるためらしい。はた迷惑な話だ。
「真利姉ちゃん」
名前を呼べば縁側でぼーっと煙草をふかしていた真利が振り向いた。勇利の顔を見てひょいと片眉を上げる。
「うわ、ひどい声。目も真っ赤じゃん。一発やったあとみたい」
「その言い方、下品だよ」
「私に品なんてもんがあるわけないでしょ」
それもそうかと勇利は納得した。
「真利姉ちゃんさ、昨日、眠れた?」
「全然。四時半くらいまで電話で彼氏にぐちってたわ」
「あ、そうなんだ………」
「何。言いたいことあるならちゃんと言いな」
「……僕とは違って、冷静だったな、って思っただけ」
「まあ、ね」
真利はおもむろに携帯灰皿を取り出すと、それに煙草を押し付けた。ゆらゆらと漂う煙が雲の輪郭とあわさり、混じり合う。
「あの二人が最近ずっと夜遅くまで話し込んでたの、あんた気付いてないでしょ」
「っ、全然、知らなかった」
「やっぱり」
真利がふんと鼻を鳴らす。勇利はたまらず顔をうつむけた。いつもそうだ。自分の世界に引きこもってばかりで、めまぐるしく変わる周囲の環境についていけない。そもそも追いかけようとすらしていない。
ヴィクトルと出会って周囲の人たちとちゃんと向き合う決心をしたはずだったがこのザマだ。
「真利姉ちゃんはこれからどうするの。うちが潰れたら無職だよね」
「うーん、とりあえず彼氏の家に転がり込む。前から結婚前提で同棲の話持ちかけられててさ。丁度いい機会かもね。あんたはどうすんの?」
「僕は………」
自分の目をくもらせたのはほかの誰でもなく自分自身だと勇利はもう知っている。
勇利が本当にいたい場所はここではなかった。
勇利が自分らしく生きられる世界はここではなかった。
(ねえ、お父さん、本当にいいのかな?)
美しく穏やかな長谷津の町が好きだった。いつでも勇利との距離を慎重に見極め、温かく見守ってくれた家族や友人たち。彼らに与えられた分だけ、勇利も何かを返したかった。けれど、今の自分ではそれができない。ここにいる自分は本当の自分ではないからだ。
勇利を輝かせてくれた人。待っていると言ってくれた人。あまたの嘲笑と苦難と憎悪を些末事だと笑ってみせた勇気ある人。
「僕の最愛を迎えに行くよ」
愛のかたちはいつだって、ヴィクトルの姿をしていたのだから。
「うん……勇利はそれでいいんだよ。私はずっと長谷津にいる。それが私の人生。あんたと私は違う」
「昔から似てないって散々言われたよね。……ありがとう、真利姉ちゃん」
ありがとう。そしてまた会う日までさようなら。
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