Bring me to life

※作中の歌詞は(http://ericheric.seesaa.net/article/374203242.html)から引用しました。

日本の選手団が選手村入りした。それを聞いたヴィクトルは居ても立ってもいられなかった。早く勇利の顔が見たい。コーチとして、戦友として、きつく抱擁を交わし彼の背中を叩いて活を入れてやりたい。そう思った。だがあらかじめ組んであるスケジュールを放り出して勇利のもとに走るわけにはいかなかった。ヴィクトルが駄々をこねれば他の選手に迷惑をかける。選手村でチームの足並みを崩すのは大罪にも等しかった。
結局ヴィクトルが勇利と会えたのは部屋に荷物を置き、選手村の見学を終え、スケートリンクで軽く汗を流したあとだった。ユーリと共に食堂に向かったヴィクトルはそこで日本チームを見つけた。揃いのスポーツウェアを身に着けた日本の選手たちが食堂の一角で談笑している。その輪の中に勇利がいた。勇利の隣には南健次郎がいた。それから国際大会で何度か顔を合わせたこともある女子選手が二人。他競技の選手だと思われる男女が複数。みなリラックスしているようだが勇利の笑顔は硬い。ヴィクトルは眉根を寄せた。
「おい、おっさん。早く飯食ってシャワー浴びて寝ようぜ」
ヴィクトルの後ろを歩くユーリが突然足を止めた自分に対し不満そうな声をあげる。彼は選手村に入ってからずっと機嫌が悪そうだ。だがユーリは若い。独特の高揚感と熱気にぴりぴりしてしまうのは仕方のないことだ。
もうすぐだ。もうすぐ戦いの火蓋が切って落とされる。そう思うといかなヴィクトルとはいえ心がはやる。胸が躍る。とても平常心ではいられない。ヴィクトルよりもずっと繊細な勇利は尚更だろう。
ヴィクトルは少し考えたあと、抜き足差し足忍び足で勇利の背後ににじり寄った。勇利の正面に座っている男がヴィクトルを視界にとらえ、噴き出しそうになる。ヴィクトルはそっと人差し指を唇に当てた。しぃー。ヴィクトルの意図を察した男が、ぶほんげふんと変な咳を繰り返す。
あと3メートル。1メートル。30センチ。あと少し。ヴィクトルの指が勇利のうなじに触れる。その寸前。
「ヴィクトル。僕に指一本でも触れたら、オリンピックが終わってもロシアに戻らないからね」
正面を向いたままの勇利がきっぱりと言った。プリーズフリーズホールドアップ。ヴィクトルは両手を上げて降参の意を示した。
「ユウリ、どうして俺が後ろにいるってわかったの?」
「スプーンだよ」
振り返った勇利が右手に持っているスプーンを軽く振る。
「先端にあなたの姿が映ってた」
「アメイジング! ユウリはやっぱりニンジャなんだね!? 俺のユウリは最高だ!」
「ヴィクトル、ストップ!」
感激のあまり抱き着こうとしたヴィクトルを勇利はやはり拒んだ。ヴィクトルはぱちぱちとまばたきをする。
「どうしてお前に触れたら駄目なんだい?」
「ヴィクトルがそうしてくれたほうが僕のモチベーションが高まるから」
勇利の紅茶色の瞳がヴィクトルをまっすぐに見据える。視線が真っ向から交錯する。勇利とヴィクトルの間で青い火花がバチバチと散った。
「僕の今シーズンのテーマは?」
「欲望と覚醒」
「そうだよ。ヴィクトルと散々話し合って決めたテーマだ」
勇利が口角を持ち上げる。やわらかい微笑だが、瞳には闘志の炎がちらついている。
「僕はこの五輪で欲しいものを全部手に入れる」
「……ユウリの欲しいものって?」
「金メダルの栄光。歓声と拍手。それからあなた」
「俺?」
「ずっと夢見てた。最高の舞台でヴィクトルと競い合える日を。その夢がとうとう叶うんだ」
興奮から勇利が頬を染める。夢見るような眼差しにヴィクトルの肌が粟立つ。甘い痺れが背筋を駆け上がり、脳天を貫く。
「最高の舞台で最高の演技をしてあなたをとことんまで骨抜きにしてみせる。欲望を知るには飢えるのも大事だ。だから今はヴィクトルに触れられたくない。――僕の本気を見せてあげる。覚悟しててよね」
嗚呼、なんて、なんて、なんて――お前って奴はなんて愛しいんだ!! 
あまりにも身の程知らずで、あまりにも甘美な挑戦状にヴィクトルの魂が震えた。全身の細胞が喜びを叫んでいる。
2017-2018シーズン。ヴィクトルはずっと目の前の男と全身全霊をかけてぶつかってきた。その日々ももうすぐ終わる。ヴィクトルは今期をもって引退すると決めている。
「受けて立つよ、ユウリ。お前をこてんぱんにしてあげる。それが俺の愛だ」
相手への戦意、愛情、嫉妬、執着、敬意、友情、欲望。全てを瞳からほとばしらせてヴィクトルは笑った。誰かがごくりと唾を飲む音がやけに大きく響いた。
「……じゃあね。僕たちもう部屋に帰るから。また明日」
勇利が立ち上がったのを皮切りに他の日本人選手たちも動き出す。この場に居合わせた誰もがヴィクトルと勇利の一騎打ちに気圧されたようで、魂が抜けた顔をしている。
ヴィクトルは先頭を歩く勇利に気付かれぬよう、最後尾を歩く南の腕を静かにつかんだ。
「ミナミ、ひとつ確認したい。ユウリ、痩せたんじゃなくてやつれてるよね?」
「……あ、うう、」
「教えて」
真実を話すべきか。誤魔化すべきか。視線を泳がせる南に詰め寄ると、観念したのか彼は小さくイエスと答えた。
「ユウリが心配だ。もし彼の様子がおかしかったらすぐ俺に連絡して。君が同室なんだろう? こればっかりは君にしか頼れないんだ」
「………わかりました」
南がヴィクトルを真正面から見据えてうなずく。その真摯な態度にヴィクトルはほっと胸を撫で下ろした。


トリプルルッツ――転倒。
トリプルアクセル――転倒。
クアドサルコウ――転倒。
クアドフリップ――転倒。
ヴィクトルは思わず天井を仰いだ。散々な出来に呻き声をひとつ漏らす。演技を終えた勇利が氷を蹴ってヴィクトルのもとに寄ってきた。彼の睫毛は凍りついて微動だにしない。
ヴィクトルはかぶりを振って気持ちを切り替えた。勇利の肩に触れようとしてしまい、慌てて手を引っ込める。
「ユウリ」
名前を呼べば彼の肩がぴくりと揺れた。
「一体全体そのザマはなんなんだ? 何があった? 誰かに何か言われた? それとも怪我を隠してるの?」
「…………わからない」
勇利の顔が新聞紙を丸めたみたいにくしゃくしゃになった。悔しさと情けなさと怒りで勇利の拳は震えていた。彼は本当に自分が不調に陥っている原因がわからないようだった。
「長谷津にいたときは普通に滑れていたよね?」
勇利は結団式と壮行会に参加するため、五輪開幕のひと月前にロシアを離れていた。地元・長谷津でも開かれた壮行会にも勇利は参加していたが、長谷津にいる間、彼はアイスキャッスルでの練習を欠かしていない。毎日彼から送られてくる動画をヴィクトルはチェックしていたが、そのときはなんの問題もないように思えた。
むしろ今シーズンの勇利の調子はうなぎ登りだった。平昌五輪に照準を合わせ、慎重にピークを管理してきた。だというのにここに来て勇利のメンタルが崩れ始めている。
「今のユウリには休息が必要だ。問題は技術じゃない。それは自分でもわかってるだろう? 俺とお前はミスをしなければ確実に勝てるプログラムを作ったんだから」
「でも、あさってには試合が、」
「駄目だ」
にべもなく勇利の要求をしりぞける。勇利の顔がますますゆがむ。うっすらとこけた頬、細くなった腰回り。勇利が食事も満足に摂れていないのは明らかだ。
「俺は今のユウリには勝ちたいとは思わないよ」
その一言が決定打だった。傷付いたように瞳を揺らしうなだれる勇利にエッジカバーを渡す。勇利は無言でエッジカバーを受け取るとリンクをあとにした。
勇利の頼りない後ろ姿を見つめ、ヴィクトルは唇を引き結ぶ。どうして頼ってくれないんだ。心をまるごと明け渡してくれないんだと追及するのは簡単だ。だがそれをしてしまえば確実に勇利の心を壊してしまう。
勝生勇利はプライドが高い。負けず嫌いで、頑固で、自分が決めたことは頑として譲らない。
勇利が自分の弱みをさらけ出して、不安をぶちまけてもいいと思えるまでヴィクトルはひたすらに待つしかない。
勇利は何かを悩んでいる。おそらくヴィクトルに関わることで。だから彼は黙して語らないのだ。ヴィクトルとしては実に腹立たしい。また勝手に自己完結して自爆するような愚は犯さないと信じたいが、勇利のすることだから確証は持てない。
「本当に手がかかるよ……」
「ヴィーチャ! カツキの練習が終わったならこっちに来い!」
同じリンクでユーリやミラを指導していたヤコフからお呼びがかかる。
「俺を失望させるな、ユウリ」
ポディウムのてっぺんで後悔と羞恥と屈辱にまみれる愛弟子の姿を目にするのは想像を絶するほどに辛いだろう。ヴィクトルは一瞬祈るようにまぶたを閉じたあと、ヤコフのもとへゆっくり歩を進めた。
事件が起こったのはその日の夜だった。深夜、ヴィクトルとユーリに割り当てられた部屋のドアが激しくノッくされた。はた迷惑な客である。まさか他国の妨害行為ではなかろうか。ヴィクトルがいささかうんざりしながらドアを開けると、血相を変えた南が部屋に飛び込んできた。
「ヴィクトル! 勇利くんがおかしかです! 早く来てください!」
南が最後まで言い終えない内にヴィクトルは動いていた。入り口に立つ南を押しのけて廊下を疾走する。「おいジジイ! 待てこら!」背後からユーリの声が追いかけてくるがヴィクトルに立ち止まる余裕はなかった。途中、アメリカ人の男性と危うくぶつかりそうになる。あれはバイアスロンの選手だっただろうか。今はそんな些末事はどうでもいい。
「ユウリっ!」
部屋番号は勇利に教えてもらっていたのでヴィクトルは難なく日本選手団が寝起きしている部屋に辿り着いた。ガチャガチャとドアノブを上下に動かすがドアはびくともしない。当たり前だ。
「ヴィクトル! なんしよっとですか!」
ヴィクトルを追いかけてきた南がスリットにカードキーを通す。その間にユーリとギオルギーも追いついてきた。ドアのロックが外れる。ヴィクトル、南、ユーリ、ギオルギーの四人は一気に部屋になだれ込んだ。
「ユウリ、大丈夫かっ!?」
勇利は部屋の中心にうずくまっていた。すえた臭いが鼻につく。部屋の絨毯は彼の吐しゃ物で汚れていた。勇利のそばにはもう一人の男子選手がついていた。勇利の背中を撫でながら声をかけているが、彼も動揺している。
勇利は両手で喉を押さえて苦しんでいた。ヒュー、ヒューと呼吸が引きつれている。――過呼吸だ。恐怖に身の毛がよだつ。
「場所を代わるよ。いいかい? えーと、」
「コモリです。タケル・コモリ。お願いします」
小森は軽く会釈をして立ち上がった。すでに動揺の色は消え、彼の瞳には勇利を心配する色が浮かんでいた。
「スパシーバ」
彼の肩を叩いて感謝を示す。ヴィクトルは勇利のかたわらに膝をついた。
「ユウリ、俺だよ。大丈夫。落ち着いて。深呼吸しては駄目だ。短く息を吸って、カウントに合わせて吐いて。10、9、8、7、そう、上手。6、5、4、3、2、1」
勇利の過呼吸は徐々に治まっていった。ヴィクトルは静かに事態を見守っていた四人を順繰りに見上げる。最後に目が合ったのは小森だった。
「ミナミ、コモリ、君たちに頼みが――」
「よかですよ」
「俺もです」
「え?」
こちらが要望を伝える前に南と小森はイエスと返答してくれた。ヴィクトルは目を見開く。
「勇利くんと二人きりにしてほしかって話やったら、おいは構わんです」
「勝生先輩のこと、よろしくお願いします」
「……ありがとう。ユリオとギオルギーもいいかい?」
「この借りは高くつくぞ」
「二人の愛を邪魔するつもりはない」
ユーリが顎を引いて毒づき、ギオルギーが二度三度首を縦に振る。そんな彼らにヴィクトルはふっと口元をほころばせた。
「ありがとう」
戦友のため、同志のため、身勝手なわがままを快く受け入れてくれた仲間たちにヴィクトルは心の底から感謝した。
ユーリたちがミナミとコモリを連れて部屋からいなくなると、ヴィクトルはすぐに勇利をベッドに寝かせた。それから吐しゃ物の処理をし、消臭と殺菌をし、ひと心地つく頃には夜明けが間近に迫っていた。
「…………僕、最低だ」
ヴィクトルが勇利と同じベッドに潜り込むと、小さなつぶやきが聞こえた。勇利が泣き腫らした真っ赤な目でヴィクトルを見上げる。
「南くんと小森くんにまで迷惑かけて、何やってるんだよ……っ!」
「…………おいで、ユウリ」
勇利の頭を抱き込む。勇利はヴィクトルの胸板に額を押し付けて静かに肩を震わせた。ひっく、ひっくとしゃくりあげる声が聞こえる。勇利の髪をすきながらヴィクトルは努めて穏やかな調子で話しかけた。
「どうして過呼吸なんて起こした?」
「夢を、見たんだ。怖い夢」
「どんな夢?」
「ヴィクトルがどこかに行っちゃう夢」
「それってお前の深層心理が夢に現れたってこと?」
「…………」
「黙秘は許さないよ、ユウリ
他人の士気を大いに下げるようなハプニングを起こしたのだから、勇利には何もかも話す責任がある。ヴィクトルが強く名前を呼ぶと勇利は観念したのかのろのろと顔を上げた。
「……僕、選手村入りしてから急に怖くなったんだ。本気を出せなくて、ヴィクトルに愛想尽かされたらどうしようって」
「……ホワット?」
「僕はヴィクトルに勝ちたい。金メダルが欲しい。だけどそれと同じくらい、この舞台でヴィクトルが頂点に立つのを望んでるんだ。ヴィクトルが金メダリストになる瞬間が見たいって。そう思い始めたらどんどん怖くなった。……さっき見た夢はそういう夢。大会で手を抜いたのがヴィクトルにばれて、幻滅だって言われて、ヴィクトルが僕の前からいなくなる夢。怖くて飛び起きたら呼吸ができなくて、パニックになった」
「ユウリに手心を加えられて勝つなんて冗談じゃない」
「うん」
勇利が眉尻を下げて笑う。彼の汗ばんだ額に前髪が張りついてしまっていた。
「でも俺はユウリを見捨てたりしないよ。何があっても」
ヴィクトルが言うと勇利はそっと視線を伏せた。切なげなその仕草にヴィクトルの胸がざわつく。勇利はまだ何かを隠している。そう直感する。
「何? まだ俺に言いたいことがあるでしょ? 言って」
「ヴィクトルが、」
「俺が?」
「現役をやめたら、僕たちどうなるのかなって、考え始めたら止まらなくなった」
「どうって今までと何も変わらないだろ? 俺はサンクトでユウリのコーチを続けるつもりだし」
「じゃあ――僕が引退したら? そのあとは?」
勇利がヴィクトルの顔をのぞき込んでくる。ああ、そうか。彼はそうなのか。ヴィクトルは唐突に何もかもを理解した。ヴィクトルは親指の腹で勇利の涙のあとをなぞる。
言え、言ってしまえ、ヴィクトル・ニキフォロフ。本能がそうささやく。
「何も」
喉がからからに乾いていた。舌がひりついて上手く動かない。ちゃんと人の言葉を喋れているか自信がない。声が震える。これを言うのはもっと先のことだと思っていたのに。
「何も変わらないなら、俺は嬉しい」
「えっ」
眼球がこぼれ落ちそうなほど、大きく目を見開いた勇利の視線から逃れたくてヴィクトルはまぶたをつむった。言ってしまった。とうとう言ってしまった。
本来ならきちんと段取りを組んで、そういう雰囲気を醸し出し、誰もが心をときめかせるような美辞麗句をもってしてこちらの意思を伝えるつもりだった。だがとっさに出てきたのはどうにも格好のつかない不器用な台詞だけだった。
「え、あの、それってつまり、あの、そういう?」
「ん。俺に毎日オミソシルを作ってほしいって意味」
勇利の首から上がじわじわと赤くなる。どうやらヴィクトルの一世一代のプロポーズは彼にちゃんと伝わったらしい。
「……僕、ヴィクトルが好きなのは僕のスケートだけだと思ってた。だからヴィクトルが引退する前に最高の演技をして、僕のスケートをヴィクトルの脳裏に焼き付けなくちゃって。ヴィクトルが僕から離れられないようにしようって」
「数年でずいぶんな変わりようだよねえ」
しみじみとつぶやく。数年前なら離れないでとすがるのはヴィクトルのほうだった。だがもう違う。
「なら、ここでへたれてる場合じゃないだろ、ユウリ。俺はユウリ・カツキが骨の髄までフィギュアスケーターだと知っている。俺やユリオやギオルギーの演技を見て奮い立たないお前はお前じゃない。無様でも、醜くても、最後まであがいてよ、ユウリ。俺はユウリのスケートだけ好きなわけじゃないけど、氷の上のユウリは一等きれいだから。ユウリと戦えて誇りに思うって心の底から言わせてよ」
「……うん。頑張る。頑張るから、見てて、ね」
勇利のまぶたがゆっくりと落ちる。数秒後にはスウスウと安らかな寝息が聞こえてきた。この分ならもう大丈夫だろう。
世界が、日本が、ユウリに魅せられるのを待っている。そしてこの世にいる誰よりもヴィクトル・ニキフォロフこそが望んでいる。出会ったときからずっと勇利のものになる日を夢見ている。


勇利がスケートリンクの中央に立って、ポーズを決める。諸岡のやや興奮気味な実況が大気を震わせる。
「さあ、日本の勝生勇利。満を持しての登場です。曲はエヴァネッセンス、 Bring Me To Life――」
曲がかかる。勇利がゆっくりと顔を上げる。怒っているような、泣いているような表情が観客の胸を打つ。静かな始まりから一転して、激しいドラムがうなりを上げる。勇利が氷を蹴って勢いよく跳躍する。美しいクアドサルコウに拍手が沸いた。

Wake me up
起こしてくれ
Wake me up inside
私を内側から起こして
I can’t wake up
目覚められない
Wake me up inside
私を内側から起こして
Save me
助けて
Call my name and save me from the dark
私の名を呼んで暗闇から救って
Wake me up
目覚めさせて
Bid my blood to run
血を通わせて
I can’t wake up
目覚められない
Before I come undone
手遅れになる前に
Save me
助けて
Save me from the nothing I’ve become
空虚から私を連れ出して

息つく暇もないステップシークエンス。トリプルフリップからのコンビネーションジャンプ。着氷に乱れはない。スピンの軸も安定している。感情の波がほとばしり、弾ける。
ずっと独りだった。あなたの温もりさえ知らなければ独りでも平気だった。なのにあなたの愛を知ってしまった。孤独の中では生きていけなくなった。凍りついた心を溶かせる唯一の人。あなただけでいい。あなたが欲しい。待っている。ずっと待っているから、どうか手を差し伸べて。光の中へと連れ出して。あなただけがこの心を生かせるのだから!
勇利の演技が終わる。彼は一度も転倒しなかったし、手もつかなかった。スタンディングオベーション。会場を揺るがすような歓声。結果は自ずとわかる。勇利の演技は素晴らしかった。文句の付け様がない。
「ヴィクトル、僕、僕……っ!」
演技を終えて、お辞儀をして、リンクに投げ込まれたぬいぐるみを無造作に拾って。まっすぐ自分のもとに飛び込んできた勇利をヴィクトルはきつく抱き締めた。
「やったね、勇利」
「うん。ぶちかましてやった」
お互いの額をくっつけてくすくすと笑い合う。キスクラに移動するヴィクトルの胸は晴れやかだった。悔しさはもちろんある。だが負けて当然だとすんなり納得できるほどの演技を勇利はした。それが全てだ。
勇利の点数が発表される。ショート、フリー共にPBを大きく更新。この瞬間、勇利の金メダルが確定した。
「おめでとう、ユウリ」
今日という日に勇利はヴィクトルの隣に並んだのだ。同じ高みまで上ってきた。だからきっとヴィクトル・ニキフォロフの王朝はもうすぐ終わる。けれど後悔はなかった。勇利の金メダルがヴィクトルはただただ嬉しかった。
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